2014・09
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2014/09/24 (Wed) 9/21 佐原仮設住宅での福幸祭

こんにちは。福島大学人間発達文化学類2年の高安健次です。9/21に福島県の佐原仮設住宅で目に見える支援プロジェクト主宰の福幸祭があり、その企画、前日準備及び当日のボランティアをしてきましたのでご報告させていただきます。
福幸祭とは、仮設住宅に住んでいる方々に楽しんでもらうための少し大きな縁日のようなものです。今回は文教大学の楓による太鼓パフォーマンスとしらいし連の方々による阿波おどり、蕎麦街道さんたちによる飲食コーナー、福島大学災害ボランティアセンターによるゲーム、もの作りコーナーをさせていただきました。
今回僕はボランティア初めてでしたが、今回の福幸祭のゲーム企画やもの作りコーナーの企画なども手伝わさせていただきました。他の優秀な先輩方から色々学ばせていただき、イベントの計画や会議の進め方など大変勉強になりました。また、当日はスタッフ全員で準備にあたりましたが、みなさん自分たちで行動し、時には仲間内同士で指示を出し合い、僕と違いやはりボランティア慣れしているなと感じました。
また、文教大学としらいし連の方たちは終始笑顔で大変素敵でした。独特な体勢のパフォーマンスで身体の疲れも大きいはずなのに、ずっと笑顔を振り撒いてくださり、それに元気づけられたスタッフも多いはずです。
今回のボランティアを通じて様々なことを学びましたが、その中でもボランティアに参加することの意味について考えさせられました。「ボランティアは誰かの為に何かをすること」というのイメージが強いと思います。しかし、僕は福幸祭の企画で仮設住宅の方々とお話しをしてたくさんのことを教わりました。また、イベントの企画運営や団体同士の協力のしかたも学べましたし、そもそも僕がこのボランティアに参加した理由も「東北大震災と福島の復興についてもっと知りたい」という利己的なものでした。そうしたら「ボランティアは自分が何かを得るためにすること」という考え方も出来るのではと感じました。目に見える支援プロジェクトの方もボランティアは無礼講であると仰有っていました。なぜなら、ボランティアをするということは、他人の庭に入り、他人の家に入り、他人の家の冷蔵庫を覗いて食材を頂くようなことだからです。もし、僕が「自分は誰かの為にボランティアをした」と言ったらエゴになると思います。「自分は自分のためにボランティアをやった。」だからこそ、ボランティアを頑張ることが出来て、結果として誰かの為になったのだと思います
。聞くところ、学生によっては「他人のために頑張りたいとは思わない」という意見も聞きます。ですが、そういう方たちはボランティアは自分のためにやると考えてみてはいかがでしょうか。そこで得た知識はこれからの糧となり、そこで出会った人が人生を変えるキーパーソンになることもあります。これは僕が絶対保証します。なぜなら僕もその一人だったので。

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福島大学災害ボランティアセンターです。

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